日本は、かつてはハリウッド同様の撮影所システムがあり、監督からスタッフ、俳優まで、制作のすべてを映画会社丸抱えで行なっていたが、1960年代から国産映画の人気が下がったことで、各社は経営基盤の見直しを迫られた。58年に11億3000万人動員、60年に7457館でピークを迎えた映画界はその後、カラーテレビの爆発的な普及と反比例するように斜陽の路をたどっていった。そして65年には映画人口が3億7267万人とピーク時の3割までに減少。映画会社は撮影所の閉鎖や制作部門の縮小、倒産に追い込まれた。その結果、制作や企画のアウトソーシング化という道を選ばざるをえなくなったのである。現在では映画だけでなく、映像関連業界全体に、この傾向が強い。制作は制作会社に。企画は、放送作家に頼むといった形だ。テレビ番組「世界遺産」で知られている小山薫堂が人気放送作家だ。総務庁による調査結果を見ても、他のソフトウェア業に次いで映画業・ビデオ制作業の新設事業所比率が高いことがわかる。これは、専門職的色彩が強い映像制作業のアウトソーシング化が活発に行なわれていることの現われだ。映画会社主導の自社制作は、年間1〜2本がかろうじてなされている程度である。その結果、現在の映画会社の実態は、映画の販売・流通会社といったところだ。